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2015'12.06 (Sun)

お肉をやめた 後半

やめたことシリーズ お肉をやめたその2

ここからが本格的にやめようとしたお話になります。

なかなかやめようと思っていてもやめられないという状況が続いていた中、本格的にお肉をやめようと意識を持ったのが、2014年8月に受けたジャスムヒンのリトリートでした。

ジャスムヒンの話の中で、不食を実践している人の習慣という統計データが示され、その中にベジタリアンというのがありました。

やはりそうきたか、と思いましたね。

肉を食べているようでは、不食にはなれないということです。やはり不食を目指しているものとしてやめないといけないですよね。

そしてそのリトリートでジャスムヒンが勧めてくれた、FORKS OVER KNIVESというDVDのがありました。

FORKS OVER KNIVES

早速購入して観てみました。

肉食が健康をどれだけ害しているか、それをやめることでどれだけ健康になるか、それだけでなく地球環境をどれだけ破壊しているのかについてデータに基づいた説明がされています。
これについてはとても重要なことだと思うので、別の機会に整理して皆さんとシェアしていきたいと思います。

そのDVDを観て、単に不食を目指すためだけではなく、健康のため、地球環境破壊を防ぐために、肉料理を食べることは大事なことであり、自分としてはそれをやめようと思うようになりました。
今ではほとんど肉を食べない生活になっています。

そしてその後、最近のことですが畜産や養鶏に関する問題点がネットで見られるようになってきました。
具体的に言えば、卵を産むための機械化されたニワトリの劣悪な環境の画像、屠殺される牛が涙を流す画像をなどです。
そして、FORKS OVER NIVESでも示されている、畜産にかかる水や食物そして二酸化炭素排気の問題です。

FBで出会ったカウスピラシーというドキュメンタリーがその問題を提言しています。

フェースブックのページ。




このドキュメンタリーはより多くの人に見てもらいたいです。


これを見て、肉を食べることをやめようと再度認識を固めました。

まず、肉肉しいものは食べません。
それから乳製品類も同じです。
卵もです。
牛乳、チーズ、ピザ、ヨーグルトもです。

自分1人くらいが変わったところで全体への影響は全く無いでしょうが、問題の本質は地球環境の問題、食料の問題、もちろん健康の問題、医療費の問題と根が深いところにあります。
なので、この肉食をやめることについては自分だけの問題ではないと思っています。

これについて、別の機会に書きたいし、自分にできるところから行動に移していきたいと思っています。

20:42  |  やめたこと  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

2015'11.15 (Sun)

やめたことシリーズ お肉をやめた

やめたことシリーズ お肉をやめた 前半

ここ一、二年お肉を食べなくなりました。


P1010581.jpg


と言っても厳格に食べないわけではありません。

野菜ラーメンをたのんでも肉が入っていることがあるし、定食にトン汁が付いてくることもあります。
そんな場合はよほど肉肉しくない限りたべることにしています。
今の所ゆるゆるな制限ではあります。

以前はすき焼きや焼き肉、かつ丼などお肉を普通に食べていました。
小さいころは肉はあまり出てこず、高級なものというイメージがあり、その後も肉料理が出るとそちらを優先して食べるようになっていました。

今まではそんな食生活環境にあったわけですが、なぜ肉食を敬遠するようになったのでしょうか?

それについて振り返ってみることにします。


小さい頃の田舎では、あまりおぼえていませんが、食卓には肉はほとんど出なかったと思います。
たまにニワトリを絞めてそれが出てきたくらいだったでしょうか。
ニワトリが卵を産んだ時は食べさせてもらいました。

小学校に入り給食が出るようになってからは、たまに肉も出るようになったと思います。
一番好きだったのはくじらの竜田揚げで、トン汁なんかも好きでした。

すき焼きなどはせいぜい年に1〜2回だったと思います。

よく食べたのは、「とんちゃん」という内臓を煮たものです。これが結構いけました。
それから、くまの肉も食べたことがあります。
肉と言えるかどうか分かりませんがついでに書いておくとすると、蜂の子やシマヘビなんかも食べてました。


高校に入ってからは下宿をしていたので、バランスを考えた食事が出たように思います。ウインナーとか玉子焼きなんかはよくお弁当に入つてたのではないでしょうか。


大学に入り、そこでも下宿していましたので朝晩は食事が出ました。
昼は学食で食べてましたが、何を食べてたのかあまり覚えていません。

休みの日は行きつけの定食屋に行って、よく食べてたのがカツ丼だったと思います。
その頃は魚より肉がすきでしたね。

社会人になり、独身時代も外食でしたが、大体は肉料理でした。生姜焼き、カツ丼、カツカレー、たまにとんかつ定食、酢豚、肉野菜炒め、焼肉、すき焼き、冷し中華やチャーシュー麺などなど、肉肉肉でした。

結婚してからも肉食は続きました。
朝食からシャウエッセンのウインナーを食べてましたし、晩御飯の定番は豚肉の生姜焼き、ハンバーグで、休みの日はマックのハンバーガー、そんな食生活を送ってました。

家内が身体をこわし、お医者さんから食生活の改善勧告を受け、肉より魚を食べなさいと言われ、それから少し気をつけるようになりました。
その機会以降は肉を食べることが少なくなりましたが、全く食べないというわけではなありませんでした、

家内が亡くなった後、一人暮らしになって自宅で食事するときは基本は魚を食べてました。
たまに唐揚げを食べようと買ってきましたが、あまり食べられず無理して食べたという記憶があります。やはり一人ものにとってスーパーの販売単位は多すぎますね。

そんな中で、外食は相変わらずハンバーグやハンバーガー、チキンカツ、とんかつなどを食べ続けておりました。そして焼き肉もよく食べました。

20111119_11月のプレート



IMG_0390.jpg





肉食を減らしたほうが良いとは、速読教室などで聞いていましたし、知識としたはありましたが実践にはほど遠い状況でした。

概念としては分かっているのだけれど、身体からの肉を食べたいとう要求が勝ってしまい、頭はそれに負けてまあ良いかって思ってストップすることができない、そんな状態だったのだと思います。

後半に続く・・・


11:23  |  やめたこと  |  CM(0)  |  EDIT   このページの上へ

2015'10.17 (Sat)

お酒をやめた その4

お酒をやめた その4

いよいよお酒をやめることにしたいきさつを話すことにしましょう。

2010年頃から、平日は家では飲まないというルールは自分の中で出来上がっており、お酒に対するコントロールができるようになってきていました。

でもやめませんでした。やめる理由がなかったし、完全にやめようとも思わなかったのです。

そんな状況の中、2011年12月、英語の師匠けらお酒をやめる事を勧められました。

お酒を飲むと勉強出来ない、そもそもアルコール漬けの身体自体が勉強に身が入らない体質を作っている。そういった仮説に基づく体質改善をするための対策でありました。

お酒を飲んだ日は何も手につかないし、眠くなってしまうし、何も良い事がないと自分でも感じていました。
そしてかねてからお酒をやめた方が良いよなぁという思いがあったこともあり、すんなりそのアドバイスに従い、2012年1月からお酒を止めることにしました。

お酒を止めて特に困った事はありませんでしたが、会社の仲間と飲みに行く機会がめっきり少なくなりました。
飲まないと宣言すると誘いづらいのでしょう。

お酒を飲まないという事に対しては自分の中で確固たる意思を持ってました。
ある会社の期末打ち上げのような飲み会で、社長から「俺の酒が飲めないのか」と言われたときでも「飲みません」と素直に答えていました。
サラリーマンとしては普通ありえない反応で、周りは驚いていました。

その年の半年くらい経ったら断酒の成果が出てきました。
英語の勉強がはかどるようになり、血圧も前年と比べて正常値に下がりました。嬉しかったですね。

師匠もそれを見て喜んでくれました。

それで安心したのか、飲まない事が気の毒に思ったのか、その年の年末に師匠から「適度な量ならお酒を飲んでも良いよ」と言われました。

自分も一年間飲まずに過ごせたし、適度な量ならコントロール出来ると思いお酒を飲み始めました。

その時のルールは前と同じ、家では飲まない、という事にしていました。

それから半年くらいは体が良い調子だったのですが、だんだん以前のような状態に戻ってしまいました。
適度な量ならと始めましたが、飲み始めると止まりません。ついつい飲んでしまいます。コントロールする事は難しいとわかりました。

それを感じたので、翌年の2014年1月から断酒を再開しました。

それ以降今に至っています。
止めてからもうすぐ2年になりますが飲もうという気にはなりません。
ま、そのうち飲み始めるかもですが何とも言えませんね。

体の調子も良いし、飲まない事で今に生きる時間が増えて充実した人生になっているように思います。

結局、お酒をやめなさいとシンガポールで初めて言われてから約20年が経ちました。
僕にとってはそれだけの年月が必要だったのでしょう。

こうやって振り返ってみると、できないと思っていたことができるようになっているわけです。
意思が強いからと言えるかもしれません。
飲みたいという気持ちとどう折り合いをつけるか、そこにやめることの極意があるのかもしれません。

自分をコントロールできるのは自分だけです。そして自分に支配されるのも自分です。本来の自分がどこにいるのか、そこに気づいて意識を持つことが大切のように思います。

お酒をやめたことで今はそう思っています。


お酒をやめたお話はこれで終わりです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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2015'10.10 (Sat)

お酒をやめた その3

お酒をやめた その3

いよいよお酒をやめることにしたいきさつを話すことにしましょう。

社会人になってからはほぼ毎日お酒を飲んでいました。晩ご飯を食べる時には必ずビールなどを飲みました。
その頃の瓶ビールは大瓶でそれだけでお腹がいっぱいになり、それに普通に定食なんかを食べてましたから、どう見ても食べ過ぎでしたね。

体もあまり丈夫でなく、毎年必ず風邪をひいてましたが、そんな時でも飲んでましたからよっぽど好きだったのだと思います。


結婚式してもその習慣は続きました。家内はお酒を飲めない方だったので一人で飲んで酔っ払って寝てしまうという生活のスタイルでした。



それほどお酒が好きな僕でしたが、さすがに入院した時は飲みませでしたね。当たり前ですが…


それがどうしてやめるようになったのでしょうか?

まず、最初の断酒の経験は1995年からのシンガポール赴任時代です。
健康管理のためと漢方薬を処方する治療院を先任から紹介されて通う事になったのですが、そこでお酒は飲まない方が良いと宣言されてしまったのです。

Singapore



家内からはこれぞとばかり、毎日飲むのはやめなさいと言われました。
慣れない海外で、漢方薬の専門家からは飲まない方が良いと言われ、家内からも催促されて、仕方なく家では一週間に1日だけ飲むように我慢することにしました。


日本に帰ってからも、その習慣はある程度維持していました。
ただその反動で外で食べる時は必ずお酒を飲み、その量も増えていたと思います。

そんな状態がずっーと続き、お酒をやめられずにいました。

そんな僕が初めて長期にわたりお酒をやめる事になった最初のイベントは、2007年8月、その頃通ってた速読教室の夏期特訓に参加する条件に2ヶ月禁酒というのがあったからです。

僕にはとてもできないと思いましたが、どうしても夏期特訓に参加したかったので仕方なく禁酒する事にしました。

その頃はタバコはやめてもお酒は絶対にやめられないだろうなと思ってましたから、よく出来たたなあと思います。
夏期特訓に参加するために必要なんだという条件があったから続けられたのだと思います。

特訓の打ち上げの時に久しぶりにビールを飲みましたが、不思議な感じがしました。
あ、またお酒を飲む生活に戻ってしまうんだなって。

ただ、それを機会に意識してお酒の飲む回数を減らすようにはなってきました。

自分で条件を作って守りました。
そして、平日は家では飲まない事とするという条件まで持って行けました。

それでも断酒するまでの決断には至らなかったです。

それがどうして止められたのか?

次回に続く事にします。
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2015'09.27 (Sun)

お酒をやめた その2

お酒をやめた その2


社会人になって職場の仲間とたびたび飲みに行くようになりました。

僕は本来お酒は強い方ではなく、飲みすぎると気持ちが悪くなったり、眠くなってしまったりする事がよくありました。

その中で今でも覚えているエピソードを書こうと思います。

まだ会社に入って3〜4年目の頃のことです。
渋谷の「門」というショットバーに会社の後輩と飲みに行き、ウォッカやテキーラなどを飲んでかなり酔っ払った時のことです。

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店を出て山手線で新宿駅まで行くまでは後輩と一緒だったこともあり意識がありましたが、新宿駅で中央線に乗り換えてから意識がなくなってしまいました。

良く、いくら飲んでも家には帰るという帰巣本能があると言われてますが、その時の僕は当てはまりませんでした。

僕の最寄の駅は中央線の荻窪でした。なので中央線に乗るまでは間違いなかったのですが、席が空いて座れたのでしょう、気がついたら終着駅の高尾でした。

まだ上りの電車があったのでそれに乗りました。
途中目が開いたときに人が立っていたことを覚えてます。

そして本当に目が覚めたのが御茶ノ水駅の手前でした。
もう、わけが分からない状態でしたね。
御茶ノ水駅で降り、もう電車が無い時間だったのでそこからタクシーに乗って帰りました。

そのタクシーの中で気持ちが悪くなり、道端に止めてもらって休んでやっとの事で家にたどり着きました。
本当に大変な出来事でした。

結婚してからも飲んだ帰りにたまーに駅を乗り過ごしたり、途中で気持ち悪くなって休んでから帰ったりする事がたまにありましが、さすがにそれほどのことはありませんでした。
今から思うと良い思い出です。


それから、お酒を飲んで翌日いつも思うことは、祭りの後のさびしさです。



祭りの後 (吉田拓郎) Youtube

飲んでいるときは気持ちが開放され口も滑らかになり友だちとの距離も縮まりお祭り状態でイケイケドンドン状態ですが、翌朝目が覚めて普通の意識に戻ったら、自分の行動を反省したり、その時に盛り上がった感情の隙間ができて寂しく思ったりします。
しかも二日酔いなんかになっていたら最悪です。

もうこりごりとその時は思うのですが、夜になると飲みたくなる、そんな日々をずーっと送っていました。。

次回はいよいよやめることになった経緯と経過についての話になります。

このくらいにしておきます。
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